債権者の立場と債務者の立場は相反するものなのか。私も人生の大半を銀行という“債権者”の立場で過ごし、“相反するよね”と考えつつも、企業の成長や個人の幸せの実現のために働いているのだと自分を納得させてきた。しかし究極の局面では、常に債権をどう保全していくのかが頭に残り、いつも“幸せの実現”と“債権保全”との間で葛藤していたように思う。

しかしその葛藤から抜け出たのは、債権回収会社（サービサー）に身を置いてからである。この債権回収会社は、債権者からの委託を受け債務の返済を促していくのだが、数多くの債権者の立場で、様々な局面にある債務者の方と話をしてきた。債務者が個人の事例であるが、日常生活の収支がどうなっていくのかを客観的に示していく、この前提がないと債務の返済には踏み出せないのである。大半の場合は多重債務状態となっているが、今後の生活設計を債務者と共に考えていくことのできる債権者に対しては、優先して債務を返済していくようである（しかも感謝されて）。これこそ究極の局面で、“幸せの実現”と“債権保全”が両立する瞬間である。企業との間でも同様、資金繰りから事業発展のための相談まで、どの程度深く関与できるかにかかってくる。

司法書士が個人の方から債務整理のご相談を受ける段階は、上記の返済督促の段階を超えた状況に至ってからである。この段階では、債権調査で債務額を確定し日常生活の収支や保有財産を見たうえで、債権者との交渉を伴う“任意整理”を行ったり、また法的な手続を踏んでいく“個人民事再生”、“特定調停”、“自己破産”などの対応を選択することもある。問題はこれらの対応策が完了した後のことである。結局生活の根本を見直さなければ、同じことを繰り返すことになる。この点は、債権回収会社（サービサー）におけるのと同様、生活再建に向けた債務者との話合いが極めて重要になってくる。一人債務者が残された状態にしてはならず、債務者とともに伴走していくことが必要になる。

本来私たちは、あらゆる局面において危ういなと感じたときには、それを回避できる認知能力と意志は備わっている。しかし、皆さんもご経験されているように睡眠不足の翌日とか、仕事や生活に疲れたときには、その認知能力・意志は大きく減退する。この状況では相手のあやふやな説明や、全くの虚偽の説明をも信じてしまう可能性があるとされている（「影響力の武器　実践編」より引用）。債務整理に至った個人も、こんな状況に追い込まれ、借入れを繰り返し、そして生活が乱れていったことであろう。だからこそ客観的に冷静に諸事情を把握したうえで、正しい判断に導いてあげる存在が必要になる。債務整理その後の生活再建（＝幸せの実現）の過程では、司法書士がその役割を果たさねばならない、そう信じて日々業務にあたっている。

【2021年7月31日】